外人部隊


 かつてゲーリーはロサンゼルスに住む車の修理工でした。当時、何があったのかは誰も知りません。ただ、今こうして外人部隊にいる以上、彼が暗い過去を引きずっていることは確かです。年のころなら、まだ20歳(はたち)代の半ばといったところでしょうか・・・・・・
 ある日、上官の命をうけたゲーリーが3日間の予定で砂漠の旅に出ます。北アフリカの砂漠、そこはどこまでも続く地平線以外なにもありません。出発して半日後、駱駝の背中で揺られながら、彼は早くも退屈と戦っていました。
 そして2日目の正午、頭上の太陽が辺りを焦がし、うだる暑さの中で旅は続いています。あまりの退屈が欲情を誘い、
 「そうそう、たしか以前、ピーターのやつが駱駝とやるのも悪くないとか言ってたっけ・・・・・・」
 なにやら独り呟きながら駱駝をとめたゲーリーが、その背中から滑り降りると後ろに回ります。
 「しめた! この駱駝、雌だぞ」
 さっそくズボンを下ろし、両手で駱駝の後ろ足をグイッとつかむや、彼は一気に腰を突き上げました。ところが、駱駝とておとなしくはしていません。残る前足を使って逃げようともがくため、ゲーリーの狙いはことごとく逸(そ)れてしまうのです。20分ばかり試みたものの、結局は駱駝のほうがすばしっこく、あきらめた彼は大汗をかきながら駱駝の背中に戻ります。
 「ちくしょう、こんなことなら最初からやるんじゃなかった。こんどピーターのやつに会ったら・・・・・・おぼえてやがれ!」

 またしばらく旅を続けるうち、前方遙か彼方で何かが見えました。近づくにつれ、それはジープとその横で立つ人影だとわかります。どうせ蜃気楼だと思いつつ、好奇心に負けたゲーリーが手綱を引き、駱駝は駆けだしました。
 より近づき、ぼんやりした人影の焦点(フォーカス)が定まってくると、間違いなく女性、それも身にまとったサファリ・スーツのくたびれ具合とは対照的な美女です。手綱を引くゲーリーの手に、ますます力がこもり、あと数十メートルまで迫ると、彼女の顔かたちもはっきり見えてきます。金髪(ブロンド)のブルーアイズで、これだけの素晴らしい肢体(プロポーション)は彼が娑婆にいるころですらお目にかかっていません。
 ショートパンツからすらりと伸びた脚や顔は油で汚れ、それがかえって艶っぽさを強調しているようです。ゲーリーは無意識のうち、なぜか「ハリウッド!」と叫び鞭を入れました。やっとのことで彼女のそばへたどり着くや、ひらりと飛び降り、
 「お嬢さん、どうしたんですか?」
 「急にこのジープが動かなくなってしまって・・・・・・ボンネットを開けてはみたものの、わたし、車のことなどまったくわからず、途方に暮れていたところなんです」
 「あんたは運がいい。おれはゲーリーというんだが、これでも昔は車の修理工だったんだ」
 と、外人部隊の兵士がボンネットの中へ身を乗りだします。

 約30分後、修理を終えたゲーリーは、
 「お嬢さん、キーを下さい」
 そしてジープの運転席に乗り込み、イグニッションを捻りました。その瞬間、見事エンジンが回りはじめます。
 「あなたは命の恩人ですわ。何かお礼をしなくちゃ・・・・・・わたしに出来ることがあれば、なんなりとおっしゃって下さい」
 そう言ってから、彼女はほとんど何も持っていないことに気づきました・・・・・・が、
 「本当ですか?」
 問いかける相手は目つきが変わっています。その熱い視線に、彼女は思わず後ずさりしたところへ、すかさず詰め寄ったゲーリーが念を押すのです。
 「本当なんですね!」
 彼女は後悔しつつも覚悟を決めました。いざ覚悟が決まると、よく見ればゲーリーも苦み走ったいい男ではありませんか。
 「本当です。あなたが来てくださらなかったら、わたしは死ぬところでした。こうなれば、どうにでもして下さい」
 吐き捨てるように言って、彼女は目を閉じます。そんな彼女の肩へ、満面に笑みを浮かべたゲーリーの手がそっと触れ、おそるおそる目を開けた相手に一言、
 「駱駝の前足を押さえてくれるかい?」



 このゲーリーが後年、ロサンゼルスへ戻ってしばらくは定職に就きました。しかし、不況の波が全米を襲い、現在は失業中の身です。朝7時に日本製のアラームで目覚めると、台湾製のコーヒーメーカーがゴボゴボいっている間に、彼は顔を洗って中国製のタオルで拭き、香港製の電気カミソリで髭もきれいに剃ります。
 中国製のフライパンで朝食を作った後、日本製の電卓でいくらお金が残っており、今日はいくら使えるかを計算、台湾製の腕時計を韓国製のラジオの時報で合わせ、ドイツ車で仕事を探しにゆくのです。
 しかし、今日もいい仕事は見つからず、失意と共に帰宅したゲーリーはブラジル性のサンダルと履き替え、フランス性のワインをグラスへ注ぐとメキシコ製の豆料理をつまみながらインドネシア製のTVを点けて考えます。
 「どうしてアメリカには、こうも仕事がないのだろう?」・・・・・・と。


筆者から一言 

「外人部隊」は拙著「9ケ月+21日世界一周(1987年)」からの抜粋ですが、その原案はパブリック・ドメインであり、著作権の対象となりません。