ミス・ウィロビーのある日の出来事
ロサンゼルスはポインセティア通りをメルローズ通りから南へ1ブロック下がったところに、小綺麗なスペイン風の家があります。そこにはミス・ウィロビーが、彼女の可愛がっているオームのスペンサーと暮らしていました。70歳に手が届こうかというミス・ウィロビー、なにぶん独り暮らしなので、それはそれはスペンサーを可愛がり、いつも話し相手にしているのです。ところが頓馬なスペンサーときたら、喋れる言葉は唯一「どなたですか?」・・・・・・ミス・ウィロビーが何を言おうと、
「どなたですか?」
それでも彼女は満足していました。ある日、ミス・ウィロビーがサンタモニカ通りとポインセティア通りの角のスーパーマーケットへ買物に出かけた時のことです。マーケットへ着いて何気なく壁の時計を見ると2時10分前、そこで何を思い出したかミス・ウィロビー、
「まあ大変、あと10分でガス屋さんが来る時間・・・・・・でも、急いで買物を済ませば、ここから家まで5分、なんとか間に合うわ・・・・・・急がなくちゃ!」
あたふたと買物を済ませ、彼女は愛車'62年型シボレーをわが家に向かって急がせます。
ところがタイミング悪く、ちょうどミス・ウィロビーがガス屋との約束を思い出した頃、当のガス屋は彼女の家をノックしていました。すると中からスペンサーが、
「どなたですか?」
それを聞いたガス屋は、てっきり人がいるものだと勘違いして、
「ガス屋ですが」
中からはもう1度、
「どなたですか?」
ガス屋は自分の声が聞こえなかったんだろうと思い、もう少し大きな声で、
「ガス屋ですが」
続いて中から、
「どなたですか?」
ガス屋は、きっと中の人は耳が遠いに違いないと考え、もっと大きな声で、
「ガス屋ですが」
それでもやっぱり、
「どなたですか?」
ガス屋はやけくそで、
「だからガス屋だと言ってるでしょう・・・・・・ガ・ス・屋!」
スペンサー、ガス屋が怒っているのも知らず、
「どなたですか?」
「これはきっとおれにいたずらをしてるんだ・・・・・・ちくしょう!・・・・・・だけど、まあこれも商売の一部、もう少し様子を見よう・・・・・・ガス屋ですが」
「どなたですか?」
怒ったり堪えたりしながら、押し問答を百回ぐらい繰り返すうち、ガス屋の声は枯れてくるわ、怒りも頂点に達しようとしていました。それをなんとか抑え、
ガス屋「ガス屋ですが」
スペンサー「どなたですか?」
ガス屋「ガス屋ですが」
スペンサー「どなたですか?」
そこで、とうとうガス屋の怒りが頂点に達すると同時、彼は心臓麻痺を起こして死んでしまいます。
そんなこととは知らず、愛車をガレージへ入れたミス・ウィロビーが間もなく登場するのです。買物袋を抱えドアの前まで来ると、そこには見知らぬ男が倒れているではありませんか! 驚いた彼女が思わず叫びます。
「まあ、誰かしら?」
すると中からスペンサー、
「ガス屋ですが」
ついでにもう1つ落ちをつけると、
「まあ、ついにスペンサーが新しい言葉を憶えたわ。嬉しい!・・・・・・でも、せっかく憶えるなら、もっとふだん使う言葉にすればよかったのに。それにしても、いったい誰が教えたのかしら?」
すると中から、
「ガス屋ですが」
筆者から一言
「ミス・ウィロビーのある日の出来事」は拙著「9ケ月+21日世界一周(1987年)」からの抜粋ですが、その原案はパブリック・ドメインであり、著作権の対象となりません。