女性と車
ニューヨークからロサンゼルスへ引っ越して5日目、クラークはカリフォルニア州運転免許証の実地試験を受けに行くところです。前日、筆記試験のほうは合格しました。
カリフォルニア州では筆記試験に受かれば仮免許をもらえます。そうすると、運転免許を持った成人が同乗するという条件付きで町中を走れるのです。そして町中で練習した後、実地試験は自分の車で受けに行きます。その時、まず教官がブレーキランプと方向指示器は正常に作動するかどうかをチェックし、壊れている場合、テストを受けさせてくれません。
ニューヨーク州発行の運転免許証を持ち、運転歴が長いクラークは練習しなくても心配ありませんが、ランプ類だけは点検しておく必要がありました。そこで、彼は昼食後の後かたづけを終えたステファニーを連れて表に出ます。
アパートの前で停まったメタリックシルンバーのポルシェ911、それが彼の愛車です。さっそくボンネットを開けて、エンジンオイルから点検してゆきます。ブレーキオイルその他、ひととおりOKなのでボンネットを閉めた次はタイヤの空気圧、これも問題ありません。そこで運転席(コクピット)に滑り込み、窓を開けたクラークが、
「ステファニー、きみは車の後ろに回ってくれ・・・・・・よし、そこでいい。ぼくがいまブレーキを踏むから、ちゃんと作動したら『イエス』、壊れていたら『ノー』って言うんだ。いいかい?」
ステファニーは首を縦に振ります。そして彼がブレーキを踏むと、
「イエス」
「いいぞ、その調子だ。こんどは方向指示器をテストするよ」
そしてクラークがまず右の方向指示器を出します。
すると彼女は、
「イエス・・・・・・ノー・・・・・・イエス・・・・・・ノー・・・・・・イエス・・・・・・ノー・・・・・・」
自分で運転免許証を持たないステファニーと違い、年配のミセス・カメロンは長年にわたって自らフォードのステアリングを握り、ロサンゼルスの町中を縦横無尽に走り回ってきました。
ある晴れた日の午後、フォードを修理工場へ出し、友人から借りたフォルクスワーゲン・ビートルを運転中のミセス・カメロンがハリウッド大通りを東へ向かっていると、バイン通りの信号は赤です。青に変わるのを待って車を出そうとした拍子、エンストが起こり、エンジンをかけようとしたら車は言うことを聞いてくれません。今までこんな経験がなく、すっかりあわてた彼女はバッテリーなどお構いなし、ひたすらスターターを回し続けます。
とうとうバッテリーがあがってしまい、渋々車を降りたミセス・カメロンは、車の構造を知らないくせ、見よう見まねでなんとかしようと車の前方へ回り、おもむろにトランクを開けた瞬間、
「キャー!」
彼女の悲鳴を聞きつけた通りがかりの白バイが駆けつけます。バイクから降り立った若い警官は、トランクの前で茫然と立ちすくむミセス・カメロンへ、
「何が起こったのですか?」
そう言いながら彼女が見つめるトランクへ視線をやれば、そこにはスペアータイヤがあるのみです。不審な点はありません。
「お巡りさん、大変よ! エンジンがかからないと思えば、それも当然だわ・・・・・・」
彼女のおかげでハリウッド大通りはどんどん停滞し始めています。若い警官は焦りつつも、
「なぜですか?」
「だってご覧なさい、エンジンが盗まれたのよ!」
それを聞いた若い警官は驚くやら呆れるやら・・・・・・それでも相手が年配の女性だけに敬意を表し、彼は無言でミセス・カメロンを車の後ろまで連れてゆきます。そして、エンジン・フードを開けて見せると彼女が言いました。
「さすがドイツの車ね、スペアーエンジンまで積んでるなんて!」
筆者から一言
「女性と車」は拙著「9ケ月+21日世界一周(1987年)」からの抜粋ですが、その原案はパブリック・ドメインであり、著作権の対象となりません。