ルート66 (その3)


 シカゴから撮影を始めてニューメキシコは早くも7番目の州である。このあとアリゾナ州が終わればカリフォルニア州を残すのみ、いよいよわが家だ。「ルート66」は第3部の「ウェストコースト編」で完結し、長い旅が終わり、スタッフは日本へ去ってゆく。と、いくら気分が先行しようと、まだまだ先は長い。

アリゾナ州の道路標識
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 ニューメキシコ州からアリゾナ州へと撮影は順調に進み、地元の大学でバスケットボールの試合風景を撮っている時など、日本から撮影隊(クルー)が来ていると場内アナウンスされたものだから、我々は巨大な体育館を占める群衆の視線を一手に浴び、先導する私など本来の目的を忘れ、もはやコンサート気分だ。スポットライトを浴びると、つい胸を張って微笑むあたり、いかに習性が恐ろしいか・・・・・・!?

 「ここは武道館ではないぞ」と自分自身へ言い聞かせ、滞(とどこお)りなく体育館やその他での撮影は終わったものの、アリゾナ州で一息ついた頃、大きな問題が立ちはだかった。スケジュールのきつさは第1部で述べたとおりだが予算もしかり、テキサスで飛行機に乗り損ねたしわ寄せは、このあたりから出始める。

 ディレクターのI同様、経理を担当していたNもOプロダクションの人間でなく「外注組」であったが、彼の場合、ふだんは女子大の助教授というからユニークだ。ニューメキシコ州へ着いた頃、予算が底をつき始め、Nは自分の銀行口座からカバーしていたのが、いよいよ限界にきていると知らされた。

 もちろんIとNは日本にいるOプロダクションのプロデューサーへ連絡を入れたが、ちょうど日本は連休だ。そして、一流といわれるOプロダクションの辣腕プロデューサーながら、しょせんサラリーマンの悲しさで、「外注組」のNが自腹を切ったような甲斐性もない。結局は私までが一旦もらったギャラを貸して撮影を続け、ロサンゼルスへ着くや、今度はミュージシャンの世界だ。

 私が久しぶりで自分自身のバンドをA&Mスタジオに召集する一方、カメラマンのMはこの撮影で新しいクレーンを試すつもりで準備をしていた。「ルート66」のアレンジもシカゴやテキサスとメリハリをつけるべく、おもいきってブルーノートでいく     メジャーの曲をマイナーでやったものだから、宇崎竜童から変態視されたが!     その後、サンタモニカの海岸でエンディングのシーンを撮り終える頃、この3部作は私にとって生涯の思い出となるのである。

 この3部作が、つまりこの旅が生涯の思い出となるのは、その後の経緯も切り離して考えられない。私が一旦もらったギャラを貸す時、借用書と交換したものの、現場での状況を知らない日本のプロデューサーは期日になっても無視した。そもそもNが先払いをしたことを納得できないわけだ。太平洋の向こうから見ると、

 「なんで現場のコーディネイターごときに先払いをする!」という発想は見え見えである。だからこそ私が先払いを要求し、なおかつ撮影を続けるためそれを貸した。そんな気持ちを無視された私は、金額と割が合わない(国際的な裁判だとヘイグ協定に則る手続きだけで経費は馬鹿にならない)のを承知でOプロダクションを起訴したのである。

 いざ裁判沙汰となればOプロダクションの出方はごろりと変わり、あっさり折れて出た。円満解決後、いざ当のプロデューサーと会ってみると、この事件で胃潰瘍になった彼が、当時、しばらく入院していたこともわかる。しかし、いくら彼やOプロダクションのトップが約束しながら、いっこうに支払はない。Oプロダクションの経理のほうでこの書類が必要、あの書類が必要と言ううち、問題は手続き上の不備へと移行してゆく。

 この時、私が頼んだ日系人の弁護士Mはビジネスが専門であり、訴訟に不慣れな上、国際的な裁判の経験はなかった。いわば、裁判沙汰となり勝ったものの支払がない・・・・・・責任を感じたMは本来のビジネス分野で私が支払うべき額から、(もちろん交渉の結果)その分を差し引いてくれたのである。したがって、数字の上で損はなく、少し儲かったわけだ。

 シカゴからの旅がロサンゼルスで終わったかと思いきや、そこから始まったもう1つの旅は日本まで続き、ずいぶんいろんな人間が巻き込まれながら、結局「ルート66」は六本木で終わった。どれだけ人騒がせであろうと、そして(字幕に)自分自身のクレジットがなかろうと、私自身は「あの旅」を自分のものとして納得しており、ほぼ四半世紀を経た現在、Oプロダクションが新入社員へ教育用に「あのテープ」を見せていると聞けば、

 「さもあらん!」と頬をゆるめるのである。 (完)

横 井 康 和        


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