アトランタで会った魔法使い


画像による目次はここをクリックして下さい  封切られるや、その週末だけで1億ドル(およそ130億円)近い興行収益を上げた「ハリー・ポッターと賢者の石」は、「ロストワールド」の最高記録を更新して去年最後の話題を独占した。ベストセラーの原作を含め、われわれがハリー・ポッターへ惹かれるのは魔法の世界に対する憧れのようなものがあるからだろう。

 現実の世界で魔法使いと近いのはマジシャンだ。私が初めてアトランタ州ジョージアを訪れたのは、そのマジシャンと会うのが目的であった。アメリカでは5本の指に入るマジシャンの1人、デビッド・カッパーフィールドが初めて日本へ行く少し前のことである。この企画を担当したプロデューサーは「空中四万哩」でも登場したT氏だ。日本公演の契約に先立ち、最終的な打ち合わせのためスタッフを引き連れて渡米したT氏より、アルバイトがてらスーパーバイザーとして同行しないかと打診され、人一倍好奇心の強い私が断るわけはない。

 こうして、T氏やスタッフと合流した私がアトランタ州ジョージアへ向かうのは、たまたまカッパーフィールドの公演先というだけで、彼自身、ニューヨークが本拠地だ。交渉相手と、お互い、知らない土地で会うのは不思議な趣(おもむき)がある。ホテルをチェックインした直後、会場に駆けつけ、まずは異邦人同士、カッパーフィールドのマネージャーとジョージアの話で花が咲く。本番を控えたカッパーフィールド当人は、当然ながら参加せず。

 間もなくショーが始まり、ステージ上ではカッパーフィールドが次から次へとイリュージョンを繰り広げてゆく。巨大な電動のこぎりで二分された人間の胴体は、次の瞬間、元通りになったり、お馴染みのパターンがしばらく続いた後、スクリーンへ映し出されるのは全米ネットのTV番組で好評を博したマジックだ。爆破される直前のビルの一室で、ビデオカメラが手足を椅子に縛り付けられたカッパーフィールドの姿を捉えている。残されたわずかな時間で、はたして脱出は可能か!?・・・・・・いわば、かのフーディーニが得意とした縄抜けのリメイク版である。

 ショーを堪能した翌日、打ち合わせも思ったより順調に進み、ジョージアへ来た目的は達成された。そこで、いったんカッパーフィールドを忘れ、観光に徹することで意見が合う。女性スタッフは全員、嬉々としてショッピング・モールを目指す。行くとすれば、どの名所旧跡がいいかを思案する男性スタッフも、結局は女性スタッフへ倣(なら)うあたり、溜め息まじりで「やっぱり!」という感じだ。

 短時間の買物(ショッピング)が終わってホテルに戻る頃、早くも陽は落ちている。ジャズやブルースなら、なかなかうるさい一画がジョージアにあると聞き、もともと音楽畑のT氏と私は、さっそく行ってみた。タクシーを降りると、こじんまりとしたライブハウスやクラブが連なっているのを、端から1軒づつ覗いてゆく。数軒目の店ではブルース・バンドが演っている。雰囲気は悪くない。

画像による目次はここをクリックして下さい  どちらかといえば、ジョージアというよりシカゴっぽい雰囲気のその店で落着いたわれわれだが、よく考えてみると、せっかくアトランタ州ジョージアまで来ながら何をやっているんだろう?・・・・・・ジョージアのナイトライフを楽しんでいることは確かでも、もっと有意義な過ごし方がありそうだ。じっさい、初めて訪れたジョージアをいま振り返ってまず浮かぶのは、カッパーフィールドのマジック・ショー、ブルックスブラザーズで買った蝶ネクタイ(ボータイ)、シカゴっぽい店のブルース・バンドと、どれをとってもジョージアと無関係なのである。

 カッパーフィールドと会うのが目的であった以上、それはそれでしかたがないのかもしれない。カッパーフィールドとの契約はまとまり、ぶじ日本へ行った。その後、全米ネットのTV番組で「ナイアガラの滝」を消したり、「万里の長城」を消したり、彼が話題を集めるたびに私の脳裏へはアトランタ州ジョージアのイメージが浮かぶ。また、それらは話題性と比べて内容がいまいちだからと、ジョージアまでイメージダウンするから困ったものだ。

 イメージダウンといえば、かつてラスベガスでカッパーフィールドのショーを見た時、こういう出来事(エピソード)もあった。いかにして1つの場所から別の場所へ移動するかは、マジック・ショーの中で重要なポイントだろう。ステージにいたはずが、次の瞬間、客席の背後へ登場するような場合、ステージで消えたほうは替え玉である。少し前に替え玉と入れ替わった当人が、客席の背後へ移動する時間は限られており、もともとステージがマジック・ショーのために設計されている場合、移動用の通路は最初から備わっており、そこを通ればいい。

 しかし、マジック・ショーのことまで考慮せずに設計された一般のステージだと、どこを通るかが問題なのだ。ラスベガスで見たカッパーフィールドのショーは、それを認識させてくれる好例であろう。ステージ上のカッパーフィールドが、そろそろ替え玉と入れ替わったなと思っている矢先、なんとなくテーブルの横を通り過ぎるウェイターへ目をやった瞬間、私は唖然とした。そのウェイターこそ、まぎれもなくカッパーフィールドなのだ。

 すっかり気分が白けたいっぽうでは、同じエンターテイターとして同情を誘われなくもない。やはり、生身の人間と魔法使いとの違いであろう。いくらわれわれががんばっても、しょせんハリー・ポッターにはなれないということか!?

横 井 康 和        


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