映画とタイトル (下)


 前回に引き続きテーマは「タイトル」たが、同じTitleでも今回は「題名」と違って「肩書き」のほうであり、こちらの場合、必ずしも短ければいいとは限らない。社長や取締役を意味するChief Executive Officerの略称CEOなど短くてこそインパクトを増すいっぽう、日本語の肩書きを名刺へ刷るならただの社長より代表取締役、さらに代表取締役社長代表取締役会長と、未だ長いほうが好まれている。
画像による目次はここをクリックして下さい
タイトルは製作者と監
督のジョージ・ルーカス

 ある程度まで肩書きのパターン化している実業界と比べ、映画業界の様相はかなり違う。小規模な独立プロの作品でさえ百何十人もの人間が係わる映画製作において、関係者はプロデューサーから俳優まで種々雑多な肩書きの混合編成だ。プロデューサー1つをとっても、かつて「ハリウッド裏話/そして、まだ夢の中」で書いたとおり、そうとう幅が広い。

 ハリウッドではふつう一括して「プロデューサー・ユニット」という名目で製作予算へ組み込まれる「製作者(Producer)」だが、どちらかといえば直接製作と係わらない「製作総指揮(Executive Producer)」や、その逆で製作現場を取り仕切る「ライン・プロデューサー(Line Producer)」の他、「共同製作者(Co Producer)」、「プロデューサー補佐(Associate Producer)」など、肩書きが共通しているだけで、それぞれの業務内容はまったく違う。

 ただ、いろいろなタイプがいるとはいえ、本質的にプロデューサーの肩書きが指すのは製作する者だ。ただ、総合芸術である映画の場合は製作すなわち(画家が絵を描いたり音楽家が作曲をするような)創作を意味せず、プロデューサーとはいわば(製作費)をかき集め、創作する人間集団のまとめ役に他ならない。つまり、一流のプロデューサーとして成功したければ、それこそ大企業のCEOが務まり、なおかつ豊かな感性で芸術家集団を統率できるだけの能力は備えておく必要がある。

 プロデューサーと並ぶ映画製作へ欠かせないもう1本の大黒柱は、創作面での指揮をとる「監督(Director)」だ。力関係でこっちが上をゆく場合もあり、そもそも映画を完成させるという目的なら両者の立場はほとんど変わらない。どこが違うのかといえば、ハリウッドでは昔から「1つのゴールへ到達すべく予算を削ろうとするのがプロデューサーで、増やそうとするのが監督」なのだとか?

 また、肩書きは同じ監督でも段階があり、「助監督(Assistant Director)」は略して「AD」、その中で上から「第一助監督(First A.D.)」、「第二助監督(Second A.D.)」・・・・・・と、ポジションが分かれてゆく。こうしたシステムはハリウッドと限らず、どこの国の映画業界でも大差がないだろう。俳優から監督へ転向か兼業組、あるいは撮影監督からの転向組といった少数派(マイノリティー)を除けば、現役の監督の過半数が多かれ少なかれそこへ至る何段階かを昇りつめた経験を持っているはずだ。

 次に「脚本家(Script Writer)」、業界では「作家(Writer)」だけで通用する。製作の機動力はプロデューサーと監督であっても、まず本がなくては何も始まらず、監督が脚本を書くことも珍しくはない。しかし専業の場合、一部の売れっ子を除けば書いたものが採用されるケースは稀であり、かなりシビアーな稼業だ。多くの脚本家が「代理人(Agent)」や友人の伝(つて)を頼って、なんとか自分の作品を売り込もうと努力するいっぽう、製作者側は週何十冊と持ち込まれる脚本のすべてを読む暇もなく、そこで登場するのが「脚本分析家(Script Reader)」と呼ばれるエキスパートである。

 彼らは読んだ脚本の粗筋登場人物役柄から製作経費概要ジャンル市場性までを細かく分析した報告書を依頼主である製作者に提出し、それが興味を引くような内容であるなら製作者ははじめて脚本を読む。ただ、報告書で「推薦」と書かれていても、ふつう1頁あたり映像時間で約1分の脚本を数頁読み進めば興味を失くすことのほうが多い。

 いい脚本と出会ったプロデューサーは、まず監督やスタッフの面接より先ほど登場したライン・プロデューサーを決めるのが先決だ。いわば現場監督の立場である彼らは軍隊ならば鬼軍曹、予算を管理する「プロダクション・マネージャー(Production Manager)」と2人3脚で第一助監督が作成した撮影日程の監修から撮影器機の手配スタッフとの契約、はたまたセットの食事の手配までをこなす働き者なのである。その手腕一つで映画の進行状況は変わってしまうほど重要なポストであり、ライン・プロデューサー出身のプロデューサーが多いのも頷けよう。

 こうして監督やスタッフの選択、そして出演する「男優(Actor)」や「女優(Actress)」のキャスティングその他もろもろの製作準備(Pre-Production)を終えると、いよいよ企画は製作(Production)の段階へ入る。そこで活躍するのは、いうまでもなく「カメラマン(Cinematographer)」や「撮影監督(Director of Photography)」であり、企画のスケールが大きくなればなるほど、そして特撮(SFX)を多用すればするほど後者は重要なポストとなるわけだ。

 ジョージ・ルーカスの「スターウォーズ・エピソード2」など、使っているソニーのデジタル・カメラ自体が新しいものであり、そうなると「高解像度技師(High-Definition Engineer)」といった新種の肩書きまで登場する。また、こうしたカメラを使った人間抜きの特撮で活躍するのは「大道具(Modelmaker)」が制作する模型あるいは背景のセットであり、それらのほとんどがミニチュアだ(実物大のセットの場合、専門の「ペンキ屋(Set Painter)」なども登場する)。その映像は実際の演技CG(Computer Graphics)と組み合わせて使われることが多い。

 正確には特撮というより「特殊効果(Special Effects)」の略称であるSFXそのものが、ハリウッドの誇り高き職業なのだ。ただし、この肩書きを持つ専門家は驚くほど分野が広い。同じ模型やセットを制作する大道具でも、実物大とミニチュアでは家を建てる大工と盆栽を育てる植木屋ぐらいの開きがある。実物大の道具を機械仕掛で動かす「メカニカル(Mechanical)」と呼ばれるカテゴリーも、古くは50台の水圧ポンプで操作した「キングコング」や「海底二万哩」の巨大なイカから、最近だと「ジョーズ」の鮫や「タイタニック」の船体が傾く実物大の模型などスケールの大きなメカニカルは、「グレムリン」で登場する架空の生物モグワイなどスケールの小さなメカニカルとまったく質が違う。

 スケールの大きなメカニカルは原動力としてたいがい水圧ポンプモーターを使うため、その方面の知識がSFXの専門家へ要求されるのはもちろんである。加えて作るのがキングコングやイカなどの巨大生物であれば、ある程度までは生物学者(Biologist)の素養からロボット工学(Robotics)の知識がなくてはならず、それが沈む船であれば物理学者(Physicist)の素養から造船工学(Marine Engineering)の知識を要求されるいっぽう、スケールの小さなメカニカルでは生物学やロボット工学もさることながら、電子工学(Electronics)が欠かせない。場合によっては専門分野の学者や建築会社が動員されたり、ともかく映画で求められるメカニカルは毎回がチェレンジなのだ。

 これらのメカニカルを使った実物大のセットで俳優たちは演技をするわけだが、そのセットだけでもを降らしたりを吹かせる場合は各分野の専門家が登場する。中でもシビアーなのはを扱う「パイロテクニシャン(Pyrotechnician)」および彼らと連携プレイを行う時の「スタント・マン(Stunt Man)」だろう。ジグザグに駆ける俳優を狙い撃つ機関銃がその脇へ一直線を描きながら着弾するシーン、あるいは炎上する家屋やミニチュアのジェット戦闘機がリアルに爆発するシーンを仕込むのもパイロテクニシャンの仕事だが、これらは火薬の量を少々間違ったところで結果が満足できない時は撮り直せば済む。しかし、生身の人間が炎上するシーンだと、そうはいかない。

 そして、炎上するシーンばかりが危険とは限らないのがスタント・マンという職業だ。彼らもまた、それぞれ得意の分野はあり、格闘技専門ジャンプ専門自動車専門オートバイ専門潜水専門・・・・・・等々、数えあげるとキリがない。もっとも、スタント・マン稼業で飯を食う以上、得意の分野はあっても大概がある程度までひととおりのスタントはこなす。そんな彼らのアクションを演出する「振付師(Stunt Coordinator)」にも、一般的な格闘技ばかりでなく「殺陣(Sword Battle)」から「銃撃戦(Gun Fight)」までそれぞれの分野で秀でた専門家がいる他、格闘シーンの演出で忘れてはならないもう1人の存在が「ワイヤー・ワーク(Wire Work)」の専門家である。

 かつて「宇宙戦争」で火星人の円盤を飛ばしたワイヤー・ワークは、スケールの大きなメカニカル同様SFXでも相当古いテクニックだが、その効果は決して侮れない。「メリー・ポピンズ」でジュリー・アンドリューズが宙に浮くシーンは未だ印象的だし、この夏封切られたばかりの「マトリックス リローデッド」たるや、空中を飛び交っての格闘シーンからスーパーマンもどきの飛行シーンまで、生身の人間がワイヤー・ワークなくして演じがたい映像だ。

 SFXのカテゴリーといえば、大道具に対する「小道具(Props)」もあれば、リア・プロジェクションフロント・プロジェクションモーション・コントロールといった撮影技術を応用したテクニックの数々や特殊メークなど、主だったものだけでもまだまだ思い浮かぶ上、撮り終えた次は編集(Post-Production)の段階で、いよいよコンピュータが登場する。その段階へ到達する前に、そろそろ筆を置く頃合のようだ。そこで最後に改めて感じるのは、映画製作がどれだけ多くの人間の共同作業であり、心を動かされる映画とは製作へ携わったスタッフ全員の情熱が多かれ少なかれ結晶した結果に違いない!

横 井 康 和        


Copyright (C) 2003 by Yasukazu Yokoi. All Rights Reserved.

映画とタイトル(上) 目次に戻ります 映画と弁護士