映画と歴史


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「ウルヴァリン:X-MEN ZERO」
 もしハリウッド映画から歴史を学べると思う方がいれば、ここで忠告しておく。それは危険だと・・・・・・たとえば、今月の「お先に失礼!」でご紹介している「ウルヴァリン:X-MEN ZERO」は、1845年のカナダ北西領土から物語が始まることになっている。しかし、カナダの建国は1867年であり、1870年まではその北西領土も存在しない。もちろん、この映画がSFである以上、我々の時代とは少しずれたパラレル・ワールドとも考えられる。

 だが、そう考えるよりは、脚本家の錯覚だというほうに私なら賭けたい。その例が腐るほどあるのだから。やはり「お先に失礼!」でご紹介した「紀元前1万年」、監督のローランド・エメリッヒは「インデペンデンス・デイ(1996年)」のコンピュータ・ウィルスの描写など、リアリティーで定評がありながら、あの映画だけはいただけない。まず、砂漠にマンモスがいたという歴史的な事実はないばかりか、紀元前2,500年前後まではエジプトでピラミッドが建造されなかった。

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「紀元前1万年」
 あるいはメル・ギブソンの監督で話題となった「アポカリプト(2006年)」・・・・・・「紀元前1万年」と違い映画として面白い反面、歴史的な間違いがあちこちで目立つ。確かにマヤ文明はユニークかつ生贄の儀式が盛んであったなど野蛮な側面のいっぽうで、戦争捕虜は位の高い者しか殺さなかった。そして、何よりもスペインの侵略で彼らが絶滅寸前へ陥ったわけではなく、原住民の90パーセントが豚インフレンザならぬスペインの豚から感染した天然痘で死亡したのである。

 また、やはりギブソンが監督主演した「ブレイブハート(1995年)」は、主人公のウィリアム・ウォレスの時代からおよそ300年後までキルトを着る習慣がなかったのはさておき、彼がフォルカークの戦いでキング・エドワード2世の妻イザベラを魅了し、エドワード3世はその結果として誕生した・・・・・・しかし、歴史の本によるとフォルカークの戦いが起こった時点でイザベルは3歳であり、ウォレスが死んだ7年後にエドワード3世は生まれているのだ。

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「グラディエーター」
 さらに時代を遡(さかのぼ)り、ラッセル・クロウ主演作「グラディエーター」の場合、父親マルクス・アウレリウスを殺し自ら皇帝となるコンモドゥスが、それほど心の歪んだ人間であったとは思われない。彼が暴力的なアル中であったことは確かだろう。しかし、息子が父親を殺したのでなく、じっさい父親は水ぼうそうで死んでおり、息子自身も映画のように剣闘場でなく風呂場で殺害された。

 「スパルタ教育」などの語源であるスパルタ人が活躍する「300/スリーハンドレッド(2007年)」もまた、史実に基づいた映画とはいえ、ペルシア戦争でスパルタ軍が全滅したギリシャ東部の「テルモピレーの戦い」をかなり脚色している。もっとも顕著なのはペルシアの王クセルクセスで、映画のような身長が2メートル40センチもある大男ではなく、また協議員が60歳以上のスパルタ人の協議会に、38歳のドミニック・ウェストが演じているような若いメンバーはいなかった。スパルタ人の鎧しかりで、彼らが身につけていたのは映画のような革でなく青銅の鎧なのだ。
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「ラスト・サムライ」

 では、ここで日本に目を向けてみよう。明治維新の日本が舞台となった「ラスト・サムライ(2003年)」は、日本人からすれば文句もあるかもしれないが、ハリウッドであれだけ日本を描写できるようになったのは素晴らしいことだと思う。ただ、時の新政府へ近代的な武器を提供したのはアメリカでなく、ほとんどがフランスだった。そして、渡辺謙演じる勝元のモデルは言うまでもなく西郷隆盛であり、映画と違って切腹死を遂げている。

 同じく渡辺が主演の「SAYURI(2006年)」も、日本人からすれば不満はあるだろう。しかし、まずキャスティングで日本芸者陣が香港芸者陣に負けたのだからしかたない。一言だけ言わせてもらえば、あの「都おどり」のシーン(写真)だけは何とかしてもらいたいものだ。それと比べたら、日本国内でも誤解が多い水揚げの詳細や、祇園「一力」の現実離れした描写などはある程度まで許せる。

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「さゆり」
 ちなみに、「SAYURI」といえば意外と知られていないのが、渡辺謙演じる会長と役所広司演じる延のモデルは誰か?・・・・・・そう、かの松下幸之助が会長で、延はサンヨーの社長なのだ。それを知って見るのと知らなくて見るのとでは、ずいぶん臨場感が違う。もともと、進駐軍から松下電器を護るためサンヨーを設立して資産を分配した数十年後、世界の経済情勢は悪化し、パナソニック(かつての松下電器)がサンヨーを合併吸収するのだから、歴史とは面白い。

 再び日本から西洋の歴史に戻り、ケイト・ブランシェット主演作「エリザベス:ゴールデン・エイジ(2007年)」で当時36歳のブランシェットがさっそうと馬にまたがり最前線で軍を指揮するシーン(写真)、これも史実と違う。まず、映画の時代設定は1585年だから、エリザベス女王が52歳のはずである。次に、エリザベス女王は乗馬の際、馬にまたがらず両足を片側へ揃えて乗った。あと、映画のようにフル装備で戦場を駆ける戦士のタイプでなく、後方から指揮するタイプなのだ。
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「エリザベス:ゴールデン・エイジ」

 最後に同じ歴史でも、つい最近の時代設定である「2001年宇宙の旅(1968年)」など、かなり問題が多い。もちろん、製作された時点では未来の物語であり、アーサー・C・クラークの原作を基にスタンレイ・キューブリックが映像化したSF映画の金字塔といえよう。しかし、歴史的な観点からいえば、2001年に月面の基地はおろか木星への旅も実現まで程遠くパンナム自体がもはや存在しない。

 まだWindows XPが出たばかりの2001年には宇宙船ディスカバリー号へ搭載されたコンピュータ「ハル」が反乱を起こすような心配はなく、謎の黒石板「モノリス」と知的生命体の接触が実現するのは、いったいいつのことやら・・・・・・かように、クラークのような明晰な頭脳をもってさえわずか半世紀を読み誤るのだから、もしハリウッド映画から歴史を学べると思う方がいれば、どれだけ危険なことかおわかりいただけたであろうか?

横 井 康 和      


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