ジューイッシュ・デリ


 ニューヨーク、ロサンゼルス、シカゴといった大都会の場合、それがたとえ日本レストランでも、ユダヤ人の祭日(ジューイッシュ・ホリデー)といえばレストランは暇になるものです。いっぽう、そこで暮らす人たちへは、それがたとえユダヤ人でなくとも、ジューイッシュ・デリは生活と密着しています。そのジューイッシュ・デリが今回のテーマです(便宜上、料理の写真へ番号を付けてありますが、これらの番号は店と無関係です)。

Canter's Delicatessen and Restaurant
画像による目次はここをクリックして下さい
■Canter's Delicatessen and Restaurant

www.cantersdeli.com
419 N. Fairfax Ave., Los Angeles
323-651-2030

 この「Canter's」は、ただのジューイッシュ・デリというだけでなく、ハリウッドで初めて24時間営業を始めたレストランとしても知られています。創業が1931年で、彼らのホームページでも書かれているとおり永年の間にレストランで出した主だったメニューは、ロックス(サケの燻製)200万ポンド(907トン)以上、コーンビーフ1,000万ボンド(4,535トン)以上、パストラミ700万ポンド(3,175トン)以上、マツボール・スープ1,000万杯以上、チキン・スープ2,400万杯以上と、膨大な量です。たとえば、80年間でチキン・スープが2,400万杯ということは年間30万杯、平均して毎日820杯が出ている計算となります。

 ジューイッシュ・デリの代表選手であるパストラミ・サンドイッチは、その店その店でスライスの厚さがピンからキリまであり、主流は薄いスライスを分厚く重ねたパターンです。ここもどちらかといえば主流派の一軒で、ライ麦パンが使われていることは言うまでもありません。

画像による目次はここをクリックして下さい
#1
画像による目次はここをクリックして下さい
#2
画像による目次はここをクリックして下さい
#3
画像による目次はここをクリックして下さい
#4
画像による目次はここをクリックして下さい
#5

 写真は左から「店内(#1)」、「メニュー(#2)」、「マツボール・スープ(#3)」、「ピクルス(#4)」、「パストラミ・サンドイッチ(#5)」、今回はそれぞれのレストランのパストラミ・サンドイッチを比較してみましょう。

Langer's
画像による目次はここをクリックして下さい
■Langer's

www.langersdeli.com
704 S. Alvarado St., Los Angeles
213-483-8050

 パストラミ・サンドイッチに限って言えば、ここ「Langer's」が私個人としてはロサンゼルスで一番好きです。マッカーサー・パークの南側の店で、1947年の創業以来、いつも賑わっています。近くに裁判所があるためか、判事や弁護士の客も多く、私自身、30年ぐらい前に知り合いの弁護士からこの店を教わりました(法曹界の多くはユダヤ人)。

 創業へ至るまでの歴史をさらに遡(さかのぼ)れば、1905年、ロシアのオデッサよりロシア系ユダヤ人のハリーとローズ・ランガー夫妻が当時米移民局のあったニューヨークのエリス島へ到着したところから始まります。ニュージャージーで落ち着いた夫妻は3人の男子を儲け、ハリーが仕立て屋で生計を立てるいっぽう、次男のアルは11歳でデリカテッセンの皿洗いを始め、それが1924年のことです。

 以来、ニューヨークを中心にレストラン業界で働いたアルは、1936年、両親と兄のジョーとロサンゼルスへ引っ越し、パーム・スプリングスのユダヤ人地区にデリカテッセンをオープンしますが、それは数ケ月しか続きませんでした。そして、ハリウッドのデリカテッセンで働くうち第2次世界大戦が勃発、紆余曲折を経て「Langer's」を立ち上げます。その間のエピソードは書き始めるときりがありません。

 法曹界の他、ユダヤ人の牛耳るハリウッド映画業界との関係や、一時期、治安の悪化したマッカーサー・パーク地域社会への貢献などは、また別の機会に書くとして、この店のパストラミ・サンドイッチですが、Canter'sと違ってスライスは厚く、そのボリューム感が私は好きなのです。なお、ロサンゼルスのジューイッシュ・デリといえば、こことCanter's以外、ビバリーヒルズの「Nate'n Al」も昔から頑張っています。

画像による目次はここをクリックして下さい
#6
画像による目次はここをクリックして下さい
#7
画像による目次はここをクリックして下さい
#8
画像による目次はここをクリックして下さい
#9
画像による目次はここをクリックして下さい
#10

 写真は左から「店内(#6)」、「メニューその他(#7)」、「チキン・ヌードル・スープ(#8)」、「コールスロー(#9)」、「パストラミ・サンドイッチ(#10)」、ここの飲み物でユニークなのは、味だけでクリームが入っていないクリーム・ソーダ、アメリカではよくあるパターンです。

Katz's Delicatessen
画像による目次はここをクリックして下さい
■Katz's Delicatessen

www.katzdeli.com
205 E. Houston St., New York
212-254-2246

 この「Katz's Delicatessen」の歴史ははっきりしませんが、1888年にはヒューストン通りとラドロウ通りの角に誕生していました。ロシヤ系ユダヤ人の移民が始めたとある人は言い、またある人はドイツ系だと言いますが、どちらであろうと始めたのは「アイランド(Eisland)兄弟」の説が有力です。とはいえ、ラスティグ一族が始めてアイランド兄弟へ売ったという説などもあるいっぽう、1916年にドイツ系かベラルシアン系のベニー(あるいはウィリー)とハリー・カッツがこの店を買ったのは間違いありません。

 1920年代の初頭、カッツ一族のパートナーとしてミンクスから移住したトロウスキー一族が参加し、'50年代へ入ると店を拡張したりしながら両一族による運営は続きます。しかし、'70年代後半から'80年代へ入ると彼らも売却を考え始め、私が初めてこの店を訪れたのは、ちょうどその頃でした。

 そして1988年、創業から1世紀を経て、地元のフレッド・オースティンと妻のジュリー、そして彼女の兄弟であるアラン・デルがKatz'sを購入してからはご無沙汰しているものの、(ロシヤの故ヴィクトル・チェルノムイルジン首相が訪れたり)ますます繁盛しているもようです。なお、ここのパストラミ・サンドイッチはLanger's同様スライスが厚めで、今も昔ながらのスタイルを維持しています。

画像による目次はここをクリックして下さい
#11
画像による目次はここをクリックして下さい
#12
画像による目次はここをクリックして下さい
#13
画像による目次はここをクリックして下さい
#14
画像による目次はここをクリックして下さい
#15

 写真は左から「店内(#11)」、「卵(エッグ)もクリームも入っていないエッグ・クリーム(#12)」、「マツボール・スープ(#13)」、「ピクルス(#14)」、「パストラミ・サンドイッチ(#15)」、ここのエッグ・クリームも先のクリーム・ソーダ同様、味だけなのがじつにアメリカ的です。

 「パストラミ・サンドイッチ」と縁のない方のため説明しておくと、そもそもパストラミとは香辛料で調味した肉の燻製食品で、コーンビーフ(日本の昔ながらのコンビーフ)同様、現代のような冷蔵技術がなかった頃、牛肉を塩漬けにしてから燻煙することで保存性を高めるため作られました。また「マツボール・スープ」と縁のない方のため説明しておくと、マツボール(Matzo Ball)のマツ(Matzo)とはユダヤ人が「過越(すぎこし)の祭り(Passover)」で食べる種なしパンで、団子状のマツがマツボール、ちょうど日本の水団のような物だと思って下さい。それをチキン・スープへ入れるとマツボール・スープの出来上がりです。

 ロサンゼルスで37年間も暮らしているとユダヤ人の知り合いは多く、たとえばテニス選手だった友人が風邪を引いて寝込んだ時など、Canter'sのマツボール・スープを彼女のためテイクアウトして届けたこともあります。アメリカでは「お母さんのチキン・ヌードル・スープ」が最上の風邪薬と言われているバリエーションで、ユダヤ人の場合は「マツボール・スープ」がそれに該当するのです。アメリカでジューイッシュ・デリとはどういう存在か、少しでもおわかりいただけましたか?

横 井 康 和      


Copyright (C) 2013 by Yasukazu Yokoi. All Rights Reserved.

プライベート・ディナー 目次に戻ります 鮎の季節