ダンスの神様
今年のアカデミー賞授賞式のハイライトの1つとして強烈な印象を残した“ロード・オブ・ザ・ダンス”とそのスター、マイケル・フラットリーが、僕の予想通りハリウッド映画界から熱い視線を浴びています。アイルランド古来のステップ・ダンスを基に構成されたダンス・ショーは、いま全米ツアーの真っ最中。アリーナ会場を中心としたこのショーがあまりの反響なので、来年はもっと大規模な競技場ツアーを計画中だそうです。実現すれば、ニュージャージーのジャイアンツ・スタジアム、シカゴのソルジャー・フィールド、ロサンゼルスのコロシアム、また東京ドーム、福岡ドームなどで彼のショーが見られるかもしれません。来年はともかく、今月(7月)19日のロンドン・ショーで“ポップの王様”マイケル・ジャクソンが共演という噂もあるフラットリー、今、いくつかの映画の企画を検討しています。最終的には彼自身がプロデューサーと主演を兼ねた画期的なミュージカル作品で落着きそうな気配で、来年の3月、製作を始める意向だとか。人一倍創作欲の強い彼は、ツアーの途中で早くも脚本を構成したり映画の案を練っているようです。“ロード・オブ・ザ・ダンス”の情熱的な振り付け同様、「ダンスを通じて、人々へ夢と感動を与える映画を製作したい」と熱い口調で語るシカゴ出身の天才ダンサー、大いに期待できるスター候補生といえるでしょう。今月末、NHL(北米アイスホッケー・リーグ)アナハイム・マイティー・ダックスの本拠地アローヘッド・ポンドで行われる公演が今から楽しみです。
ナチスからチベットへ?
話題作“セブン・イヤーズ・イン・チベット”でブラッド・ピットが演じる山岳家で作家のハインリッヒ・ハーラーは、実在のオーストリア人です。今秋公開が予定されている映画は、彼を幼いダライラマの家庭教師としてヒーローのような人間像に描きだしています。ところが最近、公開間近を控え、実在のハーラーはナチス・ドイツと関係していたことが発覚し、配給元のソニーをヤキモキさせているようです。そもそもの発端は、ドイツの雑誌が史実を掘り起こした記事で今年84歳のハーラーを責め、その事実を認めたハーラーはナチスとの悪夢のような関係を語るのです。いわく、1938年、著名な山岳家であったハーラーをヒットラーが勧誘し、ナチスでも悪名高いSS(特別警察/ゲシュタポ)の軍曹となった彼は兵士へ体育の授業を教え始めました。その後、インドで探検旅行中にイギリス軍の逮捕となり、第二次世界大戦終結間近まで捕虜収容所の暮らしが続きます。1944年、収容所から脱走した彼は7年間のチベット滞在を経て帰国するわけですが、映画の背景はその7年間の体験です。帰国後、ナチスとの絆を恥じ、生涯を暴力と人種差別のない世界の創造へ捧げながら、チベットでの経験をまとめ、出版された同名のベストセラーが、この映画の原作となります。ナチスとの関係に対する一般の反応は賛否両論ですが、実際の戦争行為へは係わっていないことや、当時の花形運動選手として独裁者の寵愛を受けるのが当たり前であったことなどから、「過去は忘れて」という意見のほうが多いようです。企画部では僕の元アシスタント、スザンヌ・マクレイ嬢も活躍する業界の新鋭マンダレイ・エンターテイメントが製作したこの作品、監督は“愛人/ラマン”で鬼才ぶりを発揮したフランス人ジャン・ジャック・アナウドで、脚本が“サウス・キャロライナ/愛と追憶の彼方”のベッキー・ジョンストン、幼いダライラマとハーラーの交流をドラマチックに描いた期待作・・・・・・それにしても「チベット」関連の企画は何かと因縁がついて回るのか、同じダライラマを扱った“クンダン”はチベット弾圧を続ける中国政府の圧力で製作中止となりかけたし、今回の暴露記事しかり、“To forgive is to forget.(許すということは、忘れることである)”の精神で、汚点が残らないよう祈りたいものです。
2人のジャニス・ジョップリン
'60年代のロックシーンで女性ボーカルといえば、まずジャニス・ジョップリンとグレース・スリックが浮かびます。とくにジョップリンの激しい生き様は、これまでも本になったり“ローズ”のようなヒット映画を生み出してきました。もっとも、フィクション化されたこの作品でベット・ミドラーが演じた歌手へ、ジョップリンの面影は見いだせません。そういったフィクション化されたものでなく、いわば彼女の伝記映画が間もなくクランクインします。それも1社ではなく、時を同じくしてパラマウントとソニー傘下のトライスターが企画中、銀幕上へ蘇(よみがえ)るジョップリン2人のどちらに軍配が上がるか見ものです。数々のヒット曲や自由奔放な生き様で一世を風靡し、それまでの歌手というイメージを根本から覆(くつがえ)したヒッピー文化の落とし子は、シンガーソングライターの走りでもありました。若くして麻薬(ドラッグ)のオーバードースで非業の死を遂げ、ギターリストのジミー・ヘンドリックスと並ぶウッドストック・エージの代表選手として未だ人々の心を打つジョップリンが、はたしてどのように描かれるのでしょうか?・・・・・・パラマウント側は歌手のメリッサ・エスリッジをジョップリン役に起用し、監督が“告発”のマーク・ロコ、今月末から撮影開始の予定で、当時としては画期的なジョップリンたちの音楽性へ焦点を当てるようです。対するトライスター側が起用したのは注目の若手女優リリ・テイラー("身代金")、そしてナンシー・サボカ監督が自作“恋のドッグファイト”で主演した故リバー・フェニックスの弟ヨアキン・フェニックス("インベンティング・ジ・アボッツ")をジャニスの恋人セス・モーガン役として抜擢しました。こちらは音楽性よりジョップリンの私生活へ焦点を当て、麻薬(ドラッグ)、セックス、酒まみれの赤裸々な生き様をリアルに再現するそうです。両刀使いのジョップリンですから、当然ながら過激なレズ・セックスの場面があり、トライスターはジョップリン家の承諾を受けた脚本で勝負します。彼らがそれをどう映像化するのか、なかなか興味深いところです。今でこそ自由気ままな歌手は珍しくありませんが、当時の音楽界はフランク・シナトラで代表される体制派一色、そこへ「ビッグ・ブラザー・アンド・ホールディング・カンパニー」を従えたジョップリンが、反戦、フリーセックス、反体制を掲げて登場する背景には時代の流れもありました。しかし、心の奥から絞り出すような彼女の歌へ「魂の熱い叫び」を感じる時、生き方や音楽性や時代背景がどうあれ、もはや関係ありません。ステージから聞く人の心へ届こうとして、自分の心を開いても開いても届かず、なお心の触手を伸ばそうとするジョップリンの孤独な姿や、短い人生を全力疾走で駆けて燃え尽きた、その激しい生き様を2人のジョップリンはどう演じるか、公開が待ち遠しいですね!
SFXの天才ウィンストン
ボックス・オフィスの記録破りで快進撃中の“ロストワールド”は、前作“ジュラシック・パーク”に輪をかけて、より多くの、そしてよりリアルな恐竜たちが登場します。その陰で活躍するハリウッドSFX(スペシャル・イフェクト)界の第一人者スタン・ウィンストンの存在は、一部のマニアを除けば業界人しか知りません。恐竜たちを特撮効果の道具と捉えず、素晴らしい演技を披露してくれるロボット俳優と呼ぶスタンが、これまで手がけてきた中には、“ターミネーター1&2"、"エイリアンズ"、そして“バットマン・リターンズ”の悪役ペンギンなどの特殊メイクやSFXが含まれ、4個のオスカーを射止めたといえば、その実力はご想像いただけるでしょう。“ロスト・・・”で俳優と恐竜を上手くマッチングさせるため、CG(コンピュータ・グラフィック)の第一人者デニス・ミューレンをジョージ・ルーカスのILM(Industrial Light and Magic)から招き、そこへ1993年度の“ジュラシック・・・”以来、大幅な進歩を遂げているロボット工学も貢献した結果、あのリアルな映像が生まれました。まずスピルバーグ監督のビジョンで作成されたストーリー・ボードに基づき、各シーンの恐竜モデルを決定し、それを実写の場面へ挿入してゆくわけです。恐竜は用途に応じてスタンのロボットとデニスのコンピューター・イメージを使い分けたり組み合わせたり、計算ずくでなければ出来ない作業といえます。実写の場面を撮る段階から、見えない恐竜が相手の演技を強いられる俳優も大変です。なお、見ていてロボットかCGか気になる人は、近距離撮影やクローズアップの恐竜がスタンのロボット、移動シーンのような全身像はデニスのCGと思って下さい。ともあれ、スピルバーグ監督が率いる新生スタジオ、ドリーム・ワークスと契約を交したウィンストンは、SFXばかりか“パンプキンヘッド(1988年)”という映画を監督した経験もあり、現在、製作監督で手腕をふるえる作品を物色中とのこと。また、マイケル・ジャクソン主演で彼が監督した短編ミュージカル“ゴースト”は今年のハロウィーンに全米ネットで放映されるほか、近々公開予定の“マウス・ハント”で登場する実写擬(もど)きのネズミや、“ポーリー”で登場する人間のように話すオウムなど、このところ彼の作品が話題になっています。SFXの天才ウィンストンは今年で51歳、まだまだこれからです。映画ファンを楽しませてくれる「メカ・アクター」へ、こうご期待!!
ミスターNO!
恐竜パワーで爆発的ヒットの“ロストワールド”をご覧になったかたは、憑(とりつ)かれたような執念でT-レックスを追う冷酷なハンターが印象的だったと思います。演じているのはロンドンで屈指の舞台俳優ピート・ポストルスウェイト、1993年度作“父に祈りを”でダニエル・デイ・ルイスの愛情溢れる父親役がアカデミー賞候補に上げられたことでも有名です。しかし、これからはスティーブン・スピルバーグの誘いを2度も蹴った“ミスターNO!”のイメージが定着するかもしれません。というのは、“父に・・・”以来ピーターのファンとなり、いつか自作へキャストしようと考えるスピルバーグが、ピーターのエージェントを通じて“ロスト・・・”のハンター役で出演を依頼した時のことです。職人気質のピーターは当然のごとく「脚本を読んでから」と応えたものの、4月16日の「最新情報」で触れたとおり、すべてが極秘のうちに進行していた“ロスト・・・”の脚本は門外不出でした。「誰も脚本を読めない」と言われ、エージェントの懇願(こんがん)空しく「じゃあ、結構です」と、あっさり断った彼を、スピルバーグ自ら電話で説得し、ようやく出演へ漕ぎ着けたという経緯(いきさつ)があります。その後、ピーターの芸術性に感銘を受けたスピルバーグは、引き続き製作を開始した“アミスタッド”でも彼を主演のマシュー・マッコナヒー("コンタクト")と共演させる惚れ込みよう。昨年のヒット“ユージュアル・サスペクツ”で演じたカイザー・ソーゼーの右腕、正体不明の「小林」役といい、今年の“ロミオとジュリエット”でのローレンス牧師役といい、シェイクスピア劇出身者らしい重厚な演技やあの高い頬骨で一種独特の存在感を持った俳優です。そんなピーターを、スピルバーグが今トム・ハンクス主演で撮っている“プライベート・ライアン”への出演を打診したところ、今回は舞台出演と家族サービスが理由で丁重に断り、いよいよ“ミスターNO!”のイメージを強めたという次第。
(1997年7月1日)
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