アカプルコ万歳? (上)


“Fun in Acapulco”
の邦題を調べてみると
「アカプルコの海」でした

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 私がアカプルコを舞台にしたエルビス・プレスリーの映画を見たのは10代の頃で、邦題が“アカプルコ万歳!”であったのか“アカプルコの休日”であったのかはおろか、どういう内容だか、もはや思い出せない。ただ、“飛び込み”のシーンなど断片的な記憶や、心が弾(はず)むような映画全体の印象だけは、なんとなく残っている。何年か前、初めてアカプルコへ行くチャンスがあった時、まず思い出したのは、そのおぼろげな印象だ。

 もっとも、行く目的は仕事であるばかりか、早朝、日本からの電話で、急拠、決まった話だ。知り合いの実業家が、ある企業を合併吸収する過程で、相手の企業は事情を知らない別のスポンサーと二股をかけていることがわかった。そのスポンサーは、たまたまアカプルコに観光旅行中であったため、話も出来ない。また、交渉が大詰めの段階で急を要した。そこで、知人は旅行中のスポンサーへ事情を説明する役目を、ロサンゼルス在住の私に依頼してきたのである。

 シビアーな使命感と初めて訪れる異国の地へ胸が高鳴り、さっそく旅行準備を整えた私は、夜明けを待ってメキシカーナ航空901便を予約した。1時間ほど余裕を持ってL・A空港に着いたのが正午過ぎ、チェックインを済ませたのはいいが、定刻を過ぎても登場手続きすら始まる気配はない。と、場内アナウンスで30分遅れると言う。

 飲む雰囲気でもなく、混雑するバーを横目に待っていると、別のアナウンスが1時間遅れることを告げる。それから同じようなアナウンスを5回聞いた後、結局5時間遅れで901便は離陸した。今日中にアカプルコへ着かないと行く意味がなく、登場直前、メキシコシティーでの乗り継ぎを確認し、係員は間に合うことを保証してくれたが、自信満々で応えるメキシコ人特有の態度は、どうも悪い予感がする。

 しかし、離陸した以上、うだうだ言っても始まらない。幸い隣の席にはエキゾチックな美しい女性が座っている。しばらくは旅の目的を忘れて話すうち、物書きの習性なのか、彼女がイギリス国籍のスペイン人であることはもとより、5年前からメキシコシティーに住み、L・A在住の父親を訪ねた帰りであると聞き出す。さらに、その父親がコンサート・ピアニストであったため、彼女は小さい頃からヨーロッパを中心に世界各地を転々としてきたと知る頃、早くもメキシコシティー上空だ。

 現実の世界へ舞い戻った私が彼女に別れを告げ、ドアのところでスタンバイ、おもてでは地上勤務の男が私の通関をサポートすべく待っている。ドアが開くや、私はメキシカーナ航空の紋章が入ったブレザーコートと右手にトランシーバーを持ったメキシコ人を従え、さっそうと税関へ急ぐ。彼のおかげで移民局、通関共に1分とかからず広々としたロビーへ出る。時計を見れば、どうやら最終便には間に合ったらしい。

 もともと2泊3日の予定だから、荷物は機内へ持ち込んだブリーフケースとダッフルバッグだけだ。最終便をチェックインする航空会社のカウンターまで案内してくれたメキシカーナ空港の男に礼を言って別れた後、両脇へ荷物を置いた私は、

 「アカプルコ!」・・・・・・そう言ってチケットとパスポートを差し出す。すると、カウンターの中で書類を整理していた男が顔を上げ、
 「最終便は30分前に発ちましたよ」と、妙な視線を向ける。
 「しかし、メキシカーナ空港の人間が、あと1便あると保証してくれましたけれど?」
 「あいにく、今日、その便は飛んでおりません」

 結局、メキシカーナ空港のカウンターへ行って文句を言ったものの埓(らち)があかず、最初の交渉相手からその上司、そのまた上司へと順に4人と交渉を続けた末、とりあえずホテルだけは取らせた。が、空港と面した道路の向かい側にあるホリデーインと聞いて、いざ行こうとすれば高速道路で歩行者は渡れない。ホリデーインの出張カウンターを見つけ、そこで指示された送迎バスを待つこと40分、ようやくチェックインしたのが午後11時近くである。

 そればかりか、いいかげん疲れているところへ、割り当てられた部屋はフロントからやたら遠い。L・A空港近辺のように立体的な造りのホテルでなく、平面的な建物の一番奥まった部屋まで辿(たど)り着けば、今度は鍵(キー)が開かず、しかたなくフロントへ舞い戻る。来る途中、ハウスフォンを見かけなかったことは3度確認済みだ。

 なんとか部屋に入って一息ついたら、そこからが問題!・・・・・・翌日まで待たず、レンタカーで今すぐ向かうとか、アカプルコへ行く他の方法を考えても妙案は浮かばず、そうなると明日、相手がまだホテルにいるのかどうかを確認したり、日本側と改めて打ち合わせなくてはならない。

 さっそく、受話器を取り、何度ぐらい試みたのだろう?・・・・・・少なくとも30分後、まだ交換手が出ないため電話をかけられず、八方塞がりの私は、いったんフロントのバーへ行くことにした。 (続く)

横 井 康 和        


ハリウッド最前線「ブルー・マガジン」でお届けしているオンライン・ノベル「天使達の街」第10話は、一部がこの時の体験に基くフィクションです。

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