2001年宇宙の旅 (上)


 2001年最初の旅行記は、ステレオ・タイプの典型だと冷たい視線を浴びそうだが、題して「2001年宇宙の旅」・・・・・・中学生の頃アーサー・C・クラークやアシモフのSF小説を読み耽(ふけ)り、21世紀へ想いを馳せた私も、人類の月到達あたりを境に米ソの宇宙熱(フィーバー)は冷めはじめるの見て、一般人が宇宙旅行を体験できる時代は2001年よりまだまだ先のことだとあきらめていた。
スペースシャトル打ち上げ
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 じっさい、1968年にスタンリー・キューブリックが映画化した不朽の名作「2001年・・・」ではパンナム航空の宇宙船が登場して一役かったものの、そのパンナムは宇宙航路どころか地球上の航路さえ、もはや存在しない。その一方で驚くべき進歩を遂げたのがコンピュータだ。クラークの書いた宇宙旅行はとうぶん実現しそうもないが、コンピュータの世界は「ハル」を追い抜いている。

 さて、現実の世界で私個人が「2001年・・・」を実感したのは十年数年遡(さかのぼ)り、プロダクション業務の一環で小学館から科学記事の取材を請け負った時だ。テーマは「スペースシャトル」、日本から来た科学者(レポーター)と一緒にTRWやヒューズ・コーポレーションをはじめとする関連企業や、スペースシャトルの打ち上げに使われているバンデンバーグの米空軍基地などを訪れた。わずか数日間、それもローカルの旅ながら忘れがたい体験となり、未だ印象が薄れない。

 TRWはもともと自転車のスポークを作っていた会社が、一代で今のコングロマリットへ成長した。ちなみに、日本だと人工衛星で知られるこの企業、アメリカの場合は日常生活とも係わり合ってくる。クレジット・カードから住宅ローンの申請まで、金融業者がコンピュータで申請者の背景を調査するといえば、ふつうTRWのデータベース・サービスのことなのだ。したがって、TRWは個人の信用の尺度を意味し、もし申請して断られるとしたら、たいがいTRWの名前を耳にするだろう。

 当然ながら、われわれがTRWを訪れたのはデータベース事業と関係なく、人工衛星の組み立て現場の視察が目的であった。入口(ゲート)で広報係の迎えを受け、まず会議室へ通されると、デスクには分厚い資料が2人分用意されている。中の会社概要(パンフレット)だけは日本語だ。これだけ企業スケールが大きくなると、会社概要(パンフレット)も数カ国語は用意しておく必要があるらしい。また、そういった社内事情から技術的な質問への答まで、広報係はじつにわかりやすく説明してくれる。

 簡単な説明会(ブリーフィング)の後、さっそく案内された工場は、軍事機密が係わる以上、厳重な警備態勢を予想していたのと正反対で、ひと気の少ない辺りには南カリフォルニア特有の開放的な空気が漂っている。しかし、歩きながら広報係の説明を1つ1つ聞くうち、どうやらその印象は私の軽薄な思いこみであることがはっきりとしてきた。

 21世紀へ突入した今でこそ、閉回路(クローズド・サーキット)TVや電子の目を張り巡らせた警備態勢は当たり前で、警備員(ガードマン)の姿が見えなくても油断は禁物(?)だという認識が一般大衆にまで浸透している。それでも、じっさい最先端の技術を採り入れた現場を肌で感じた時の印象は、かなりのインパクトを伴う。まして、十数年前のことである。

 まず、日本でごく一部の大手企業が最近になって採用し始めた時差出勤も、当時からTRWでは当たり前のシステムとして定着していた。たとえば、従業員各々が自分で決めた出勤時間帯を登録し、その時間帯に働くことで、通勤ラッシュは軽減できる。ただ、地域社会へ貢献できる反面、それなりの準備が必要であり、いざ実現するとなれば当初は企業側への負担を免れない。ところが、TRWは時差出勤も企業システム全体の一部として捉え、実用段階に入っていたのだ。

 企業システムの中でも重要な警備態勢が整えば、時差出勤の実現はさほど難しくない。つまり、時差出勤が当たり前のシステムとして定着する背景には、無人の警備態勢がある。施設内の建物へ入る時は、入口で4桁の暗証番号を打ち込む。定期的に変わる暗証番号を知らない限り入ることが出来ず、出入りする人間はすべてモニターTVが監視している。広々とした工場内は、ガラスで仕切られた廊下から見渡せるが、どのドアへも入口と同じようなキーロックがあり、それぞれの暗証番号はセキュリティーによって何層かのレベルがあるらしい。じっさい、人工衛星を組み立てている場所へ入る時は、広報係が暗証番号でなくカード・キーを使っていた。

 我々は見せてもらえなかったが、より高度なセキュリティー・レベルのクリアーには、暗証番号やカード・キーばかりか、指紋のスキャンなどを採用しているということだ。こうした何層ものセキュリティー・チェックを、モニターTVを通じて人間の目が監視している。十数年前、トム・クルーズ演じる「ミッション・インポッシブル」の世界はTRWの現実であり、訪れた者へ「2001年宇宙の旅」を予感させた。そして今、彼らが最前線を突っ走っている現状に変わりはない! (続く)

横 井 康 和        


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