映画とローテク


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「ダイ・ハード4.0」
 夏のブロックバスター作といえば、今月(5月)の4日に先陣を切って公開される「スパイダーマン3」、続いて18日に公開される「シュレック3」や25日に公開される「パイレーツ・オブ・カリビアン/ワールド・エンド」が今年は本命ながら、意外と伸びそうなのが来月(6月)27日に公開される「ダイ・ハード4.0」だ。その理由は「ローテク」にある。

 そもそも4作の「ダイ・ハード・シリーズ」を通じてブルース・ウィリス(「16ブロック」)が演じる主人公ジョン・マクレーンは、今の時代、Eメール・アドレスさえ持たない「ローテク・ガイ」が売物だ。しかし、ここでいうローテクとはそのことでなく、映画そのものを意味する。「スパイダーマン3」などの本命作がどれもハイテク(CG)を駆使しているのに対し、「ダイ・ハード4」はウィリスや彼のスタントマンアクション、つまりローテクが決め手となるわけだ。

 今や夏のブロックバスター=ハイテクという現状の裏返しで、ハイテクに食傷気味の観客へローテクの「ダイ・ハード4」は新鮮に映るであろうという図式だが、そのぶん俳優は過酷な肉体労働を強いられる。当然ながらスタントマンへ頼れるのも限度があるものの、まあ1作で10億円以上のギャラを稼ぐA級(クラス)の俳優だったらそれぐらいはがんばってもらわないと観客の立場がないだろう。
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「空中ぶらんこ」

 とはいえ、現在52歳のウィリスの場合、さすが1作目の「ダイ・ハード(1988年)」からほぼ20年の歳月が流れているだけに、今回のアクション・シーンはかなりきつかったようだ。私自身、50歳を過ぎて肉体の衰えを自覚しているので、ついつい同情してしまう。その点、アクション・スターの鏡といえるのが往年の名優バート・ランカスター(「フィールド・オブ・ドリームス」)だ。

 「空中ぶらんこ(1956年)」などのスタントをほとんど自分でこなしているので有名なランカスターは、そもそも映画界へ入った時点でスタントマンの存在を知らず、すべての俳優が自らアクション・シーンを演じているものだとばかり思っていた。したがって、(彼にとって)アクション・スターを目指すなら、演技と同レベルでスタントをこなすことは大前提となる。

 もっとも、ランカスターの時代だったからこそそれが可能であり、今のハリウッドでは、たとえ主演俳優が自分でやりたくても危険なスタント組合(ユニオン)や保険会社が黙っていない。ジャッキー・チェン(「プロジェクトBB」)は初めてハリウッドへ来た時、香港だと少々危険でも自分がやっつけ仕事で当たり前のようにやってきた類のスタント・シーンでさえ、ハリウッドではじゅうぶん安全性が確保できるまで準備へ時間をかけないと撮影は始まらないのが印象的だったらしい。晩年のエルビス・プレスリー(「ブルーハワイ」)だって、自宅の庭以外では保険会社との契約で自動車の運転を禁止されていたのがアメリカという国なのだから!
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「ゴールデンアイ」

 ただ、保険会社の心配に一理あることは事実である。撮影中、アクション・スターが捻挫とか軽い怪我をするのは決して珍しくない。ティモシー・ダルトン(「消されたライセンス」)からジェームズ・ボンド役を引き継いだ当時のピアース・ブロズナン(「ダイヤモンド・イン・パラダイス」)など、彼の第1作目「ゴールデンアイ(1995年)」がクランクインして間もなく、アクション・シーンの撮影中に腰を痛めてUCLA(カリフォルニア州立大学ロサンゼルス校)の病院へ担ぎ込まれている。

 この時は当人が紆余曲折を経てようやくつかんだボンド役(当初は3本契約)のイメージを初っ端から崩したくなかったのか、あるいは製作スタジオの広報課がやらせたのか、ブロズナンは偽名で入院した。それをマスコミがすっぱ抜いたものの、幸い映画への影響はなかったようだ。

 ちなみに、このボンド・シリーズ、ショーン・コネリーの時代から全作品をとおしてハイテクを駆使したイメージだが、実際はダイ・ハード・シリーズ同様、ローテクが原点であるべき性格の映画で、ブロズナンからダニエル・クレイグ(「ミュンヘン」)へボンド役をバトンタッチしたシリーズ最新作「カジノ・ロワイヤル(2006年)」では、その傾向が顕著になっている。
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「ナイト・オブ・ザ・スカイ」

 たしかにの考案する様々な秘密兵器はボンド・シリーズのトレードマークの一つだ。しかし、ハイテクといってもそれらの兵器がじっさい機能するわけではなく、レーザーその他を腕時計ボンド・カーへ仕込んだように銀幕(スクリーン)上で見せかけるためのCG処理がハイテクなだけで、兵器そのものは昔ながらのローテク(小道具)のレベルとさほど変わらない。

 いわば、ボンドの秘密兵器がローテクで表現するハイテクだとすれば、もう一方でハイテクをローテクで撮るアプローチだってある。フランス版「トップガン(1986年)」といえそうな「ナイト・オブ・ザ・スカイ(2005年)」は、ハイテクの最先端をゆくジェット戦闘時が主人公といってもおかしくない映画だ。フランス空軍の全面的な協力を得た監督のジェラール・ピレス(「ダブルオー・ゼロ」)は、ミラージュ2000のハイテクの魅力を引き出すため、可能な限りローテクでの撮影へ拘(こだわ)った。

 もしご覧になるとおわかりのとおり、冒頭の字幕でCGが活躍する以外、本編ではただひたすらカメラ(レンズの目)一筋で表現しようとしている姿勢が、ありありと伝わってくる。ハイテクのオブジェクトを撮るためのローテクへの拘(こだわ)りは、むしろハイテク(CG)で映像を作るより面倒だろう。
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「トランスポーター2」

 ピレスともう1人、フランスの監督で最近活躍しているのがルイ・レテリエ(「ダニー・ザ・ドッグ」)だ。彼もまたローテク派の代表選手で、「トランスポーター(2002年)」と「トランスポーター2(2006年)」のヒットは彼をハリウッドでA級(クラス)監督へ仲間入りさせた。結果、アン・リー(「ブロークバック・マウンテン」)に代わってレテリエが「ハルク(2003年)」の続編「インクレダブル・ハルク(2008年)」の監督を務める。

 「トランスポーター」2作で代表されるように(1作目は助監督で2作目は監督)、レテリエが得意とするのはスピーディーなアクションで、「インクレダブル・ハルク」の演出が楽しみだ。もちろん映画の性格上、ローテクとハイテクの両方を駆使した内容になると思う。しかし、基本となる彼のスタイルは生身の人間のアクションやバイロ(爆発)を含めたカー・スタントといったローテクを活かしたものだからこそ、じゅうぶん期待が持てるのだ。

 なんといってもローテクは、最近急激な進歩を遂げたハイテクと違って歴史が古い。いや、映画の歴史そのものとさえ言える。ハイテクの進歩で映画の可能性が限りなく広がった。それはそれで素晴らしいことだ。ただ、ハイテクへ頼りすぎると映画が味気なくなってしまう。一連の「シュレック」などハイテクの集大成でありながら、あれだけヒットするのは、やはり根底に人間性が感じられるからだ。その人間性も立派なローテクである。

横 井 康 和      


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